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大阪高等裁判所 昭和25年(う)475号 判決

控訴人 奈良地方検察庁検事 藤原正雄

被告人 松田新逸

弁護人 白井源喜 岡利夫

検察官 折田信長関与

主文

原判決を破棄する。

本件を奈良地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴理由は末尾添付の控訴趣意書、答弁は答弁書の通りである。

検事の控訴理由について。

検事は原判決は本件公訴事実に対して無罪の判決を言渡したけれども、右は事実の誤認に基くものであると主張する。

よつて原判決を調査するに、その説示するところによれば、本件公訴事実は被告人は念仏講の講員であるがこの念仏講は古くからいわゆる十一尊仏の画軸一本、珠数その他の仏具を講員の共有物として保管し、毎年十二月十五日前年の当番講員から次の当番講員に右の仏具等を引継ぎ、同夜引継を受けた当番講員方に講員が参集して、十一尊仏の画軸を祀り酒食を共にして、講員の親睦を図つた後翌年十二月十五日の引継ぎまで、当番講員が保管する慣例であつたところ、被告人は昭和二十二年十二月十五日から一年間右の当番講員となつたので、同日前年の当番講員畑中一斎から前記仏具の引継ぎを受け、同夜自宅で例年通り十一尊仏画軸を祀り、参集した講員と酒食を共にした後、これらの仏具を自宅に保管中擅に十一尊仏画軸を隠匿し、翌昭和二十三年十二月十五日次の当番講員巽昌治に引継ぐに当つて、いわゆる庚申の掛軸を引渡し、前記十一尊仏画軸を横領したというのである。そして原審はその審理の結果、右公訴事実記載のような念仏講が組織されており、そのような仏具を共有し、そのような行事を行う慣例があつたこと、被告人は昭和二十二年十二月十五日から一年間その当番講員となつて、同日右畑中から右仏具を受け取り、同夜自宅でこれを祀つて参集した講員と酒食を共にした後、自宅に保管し翌昭和二十三年十二月十五日次の当番講員巽昌治に引継ぐに当つてこれと異る庚申の掛軸を前から引継ぎの仏具と称して引渡した事実は充分にこれを認定できると原判決は説示しているのである。しかるに、原判決は被告人が前記認定のように前年当番講員から引継ぎを受けたものと異る画軸をその引継ぎを受けたものであると言つて引渡した事実だけでは、未だ以つて直ちに被告人がその時に該画軸を横領したものということはできないと解釈して無罪の言渡をしているのである。

しかしながら、若し原判決の認定が正しいとすれば、被告人が昭和二十三年十二月十五日次の当番講員に引継ぐに当つて、前年当番講員から引継ぎを受けた物即ち次の当番講員に引渡すべき物と全く異る画軸を、さきに引継ぎを受けた物であると言つて引渡した行為(被告人が引継ぎを受けた物をその保管中に盗まれたり、すりかえられたことのないことは被告人の自認しているところである)によつて、さきに引継ぎを受けた物に対する不正領得の意思が発現しているものと解するのが当然である。その物をどこに売却しだか、その物をどこに隠匿しているかということが判明しなくても、横領罪の成立を認めるに支障はない。従つて原判決が右横領の事実を認めながら横領したと言えないと説示したのは理由にくいちがいがあるものと言わねばならない。原判決は破棄を免れない。

弁護人は本件起訴状は不適法であるとか、被告人がいわゆる十一尊仏の画軸の引継ぎを受け、これを保管していたと認めたのは事実の誤認であると主張するけれども、検察官の控訴理由そのものに対する主張でないから当審においては特にこれに対する判断を示すの要を見ない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条本文を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

検察官の控訴趣意

本件公訴事実は原判決摘示の事実の示すように「被告人はその肩書居村大字脇本の旧家辰己房治郎外十一名を以て組織している念仏講の講員であるがこの念仏講は古くから所謂十一尊仏の画軸一本珠数その他の仏具を講員の共有物として保管し毎年十二月十五日前年の当番講員から次の当番講員に右の仏具等を引継ぎ同夜引継ぎを受けた当番講員方に講員が参集して十一尊仏画軸を祀り酒食を共にして講員の親睦を図つた後翌年十二月十五日の引継まで当番講員がこれ等の仏具を保管する慣例であつたが被告人は昭和二十二年十二月十五日から一年間右の当番講員となつたので同日前年の当番講員であつた畑中一齊から前記仏具の引継を受け同夜自宅で例年通り十一尊仏画軸を祀り参集した講員と酒食を共にした後これらの仏具を自宅に保管中擅に十一尊仏画軸を隠匿し翌昭和二十三年十二月十五日次の当番講員巽昌治に引継ぐに当つては全然これと異る所謂庚申の掛軸を前から引継の仏画であると詐つて引渡し以て前記十一尊仏画軸を横領したものである」というのであるが、原判決は、右の事実中被告人が前記画軸を横領した点を除き爾余の事実を証拠によつて認めながら「果して被告人が右画軸を横領したものであるかどうかを考えるのに凡そ被告人が前年当番講員から引継いだ画軸と次の当番講員に引渡した画軸と相違しているのは被告人が前年当番講員から引継いだ画軸をその保管中擅に売却又は隠匿したか紛失したか或は他人によつて窃取又はすりかえられたか等の場合が考えられるのであるが被告人が前記認定のように前年当番講員から引継を受けたものと異る画軸をその引継を受けたものであると云つて引渡した事実のみを以て直ちに被告人がその時に該画軸を横領したものと謂うことはできないのであつて取調済の総ての証拠によるも前記何れの場合であるか及びその時期を確認することはできない」と判示し、無罪を言渡したのである、然るに記録並びに被告人に対し問題の仏画を引継いだ前当番講員畑中一齊等の証言に徴すれば被告人に引渡した仏画は中央に一つ大きな仏像が描いてあつて其の周囲には体の小さい仏像を描写した所謂十一尊仏の仏画であり、被告人が次の当番講員巽昌治に対し引継がんとした画軸はこれとは似ても似つかぬ全然相違したところの庚申の掛軸であつて、両者は一見異ることは明瞭である、これに対して被告人は前当番講員畑中一齊から引継いだのは後者即ち庚申の掛軸であつてこれを自ら保管中盗難又は他人にすりかえられた事等全然ない旨主張し、原判決は被告人が前当番講員から引継いだ画軸は十一尊仏の仏画であることを認定しながら、被告人の保管中にこれが盗難又は他人にすりかえられた事実を認むべき証拠がないのみならず特に被告人のかゝる事実なしとの主張まで排斥して、窃取又は他人にすりかえられたるやも知れずと為し、横領の事実を否定したのは論理を無視した証拠に基かない独断に堕し事実誤認を招来したものと言わざるを得ない、本件は以上の事実自体から当然有罪の判決を言渡すべきものと思料する。

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